神様が本当に守りたい人とは
神様が本当に守りたい人とは、どのような人なのでしょう。
お願いごとをたくさんする人でも、毎日のように神社へお参りする人でもありません。
その答えを知るためには、今からおよそ2千年前の日本人の祈りに目を向ける必要があります。
神社がなかった時代、神様は大自然の中に存在している
現在のような神社ができる以前、日本人は、山や海、森や川、大きな岩や木など、大自然の中に神様が存在していると考えていました。
今のように、いつでもお参りできる立派なお社があったわけではありません。
祭祀を行うときには、大自然から神様をお迎えして、仮の御屋(みや)を設けました。
そして神事が終わると、感謝とともに、再び大自然へお帰りいただいていたのです。

神社は、大自然と人を結ぶ玄関口
やがて人々は、祭祀のときだけではなく、いつでも神様を身近に感じ、お参りできる場所を求めるようになりました。
そうして神様をお祀りする場所がつくられ、現在の神社へとつながっていきました。
ですから、神様がおられるのは、お社の中だけではありません。
神社は、神様がおられる大自然と私たち人間とを結ぶ「玄関口」です。

お社だけではなく、その向こうの大自然に祈る
神社で手を合わせるときには、目の前のお社だけに心を向けるのではありません。
その後ろにある御神体の山や鎮守の森、空、大地、水、風、木々。
そのすべてを含めた大自然に心を向けて祈ることが大切です。
「今日もきれいだな」
「風が気持ちいいな」
「この森は、ずっとこの土地を見守ってきたんだな」
そうやって自然を感じることも、神様を感じることにつながっています。

神様が本当に守りたいのは「大自然を愛でる人」
神様が本当に守りたい人の一番は、大自然を愛でる人です。
これは、決して難しいことではありません。
道端に咲く小さな花を見て、「きれいだな」と思う。
美しい夕焼けに気づいて、足を止める。
山や海へ行き、「気持ちいいな」と感じる。
雨が降れば、水の恵みに感謝する。
季節が変われば、その移ろいを楽しむ。
こうした心が、大自然を愛する心であり、神様を大切にする心につながっていくのです。

「嬉しい・楽しい・面白い」は神様へのお供え
黒住教の教祖・黒住宗忠は、神前に御神酒がないときには、「嬉しい・楽しい・面白い」という明るい心をお供えすることが大切であるという趣旨の教えを残しています。
神様に喜んでいただくために、豪華なお供え物ばかりが必要なのではありません。
「今日もありがたい」
「嬉しい」
「楽しい」
「面白い」
そう感じられる明るい心そのものが、神様への立派なお供えです。
神様の前だからといって、難しい顔をする必要はありません。
むしろ、日々を喜び、楽しみ、感謝して生きることが大切なのです。

神様が守り、力を貸したくなる人
大自然を愛し、季節の移り変わりを楽しむ。
日々の小さなことに喜びを見つけ、「ありがたい」と感謝する。
そして、自分も大自然の一部として生かされていることを忘れない。
神様が守り、力を貸したくなるのは、そのような人です。
願いごとだけを神様に届けるのではなく、まず自分自身が、神様に喜んでいただける生き方をする。
そこから、神様との本当のご縁が始まります。
神様は、今も昔も大自然の中におられます。
神社を訪れたときには、お社だけではなく、その周りにある森や山、空、風、光にも心を向けてください。
大自然を愛でることは、神様を愛でること。
それが、2千年以上前から続いてきた、日本人の祈りの原点なのです。

